日々のこと

子どものように生きたいと願う

私は今、イスラエルのホテルでお酒飲み放題のハッピーアワーを最大活用しながら、このブログを書いています。お酒は3年くらい前から(基本的には)やめているのだけれど、なんだか今日は飲みたい気分だし、飲む理由がある気がするから飲んでいます。

で、なんだか何かを書きたくなって、殴り書きでもなんでもいいから、今の感情をそのまま書いてみようと思って書いています。

 

イスラエルに来て11日目。アメリカでの生活とはまた違ったストレスがあって(良い意味でも悪い意味でも)、そのストレスの根源がなんなのか自分でもわからずに困惑しています。文化の違いと言えば簡単だけれど、ストレスの要因をただそれだけは済ませられない感じ。

宗教の聖地、エルサレムにいたせいもあるかもしれない。イスラエルが新年を迎えていて、今日から3日間ほぼすべてのお店が閉まるという理由もあるかもしれない。テルアビブのホテルについたら、子どもは受け入れられないからプラス100ドルを支払えと要求されたせいもあるかもしれない。(昨日、電話して子どもも一緒に部屋に滞在できる?と聞いたにもかかわらずね)。

エルサレムからテルアビブまでのタクシー料金が毎回異なるせいもあるかもしれない。時には、80シュケルと言われ、ときには40シュケルと言われる。いちいち腹を立てたり困惑したりする自分がいる一方で、日本ではいかにすべてが完璧で整っているかを思い知る。

(上の画像:ユダヤ人の聖地 嘆きの壁)

(上の画像:嘆きの壁で祈りをするユダヤ教徒 photo by M Nota)

 

ここは異国の土地。なにもかもが違って当たり前。むしろ違いがなければ面白くもない。こうして自分をなぐさめながらも、8時間に1回くらいは、「はぁああああああ?????」と思う自分がいるのだ。

私がいちいち、はぁああああああああ???と思っている横で、子どもふたりはいたって平常心だ。ホテルに文句を言う私を横に、「まぁいいじゃない。楽しくいこうよ」とか言ってくる。

エルサレムの街かどで、「なんでこんなに宗教がいり混じっているんだと思う?」「なんで宗教が違うのに一緒に暮らせるんだと思う?」「毎日、祈りをささげることが仕事だって不思議じゃない?」と、なんでなんでなんで?????と、頭のなかが大混乱の私に対して、子どもたちはまったくなにも変わらないのだ。

「いいんじゃない。別に」それが11歳の娘の答えだ。

誰がどの宗教を持っていようが、誰が拳銃をもっていようが、誰がぼったくってこようが、誰が道を閉鎖しようが、誰が怒っていようが、誰が予約を間違えようが、誰がうそをつこうが、11歳と7歳の子どもたちにとっては、別にいいのだ。

子どもたちの反応をみていると、あぁ今の私には固定概念とやらがひどく日常を邪魔しているのかもしれないと思えてくる。今まで自分が見知りしてきた固定概念がなければ、世界のすべては「当たり前」に思えるのかもしれない。赤ちゃんのように、すべてがはじめてのことであれば、疑問に思うこともないのかもしれない。目の前にあることをただただ受け入れ、飲みこみ、体験していく。「なぜなの???」なんて疑問に思うこともなく、「へーー。そうなんだ」と受け入れていく。そして、成長していく。疑いがないから、成長もはやいんだ。

イスラエルのガリラヤ地方では、ISIS(イスラム過激派組織)とシリアの紛争で銃弾の音が聞こえていた。わー怖い。。。とおののく私の横で、娘はやっぱり平常心だ。

子どもたちのように疑いがなければ、戦争が起きることもないかもしれない。「へーーあなたはそれを信じるのね。私はこれを信じるよ。」ということだから。とてもシンプルでとても平和な理解だ。大人になってしまった私のように、なんで人は憎しみ合うのか、なんで人は苦しみ合うのかなんて疑問に思うことはない。だって、憎しみや悲しみや恐れや絶望が「悪い」という概念もないからね。

ホテルのロビーでワインをがぶ飲みながら、あぁ子どものように生きたいと願う。楽しいときには大はしゃぎして、うれしいときには踊りまくる。悲しいときには泣きじゃくり、ストレスがたまったときには、嫌だーーーーーと叫ぶ。そんなシンプルな感情を(良いも悪いも)、何も考えずに、素直に表現できる子どもたちがうらやましいんだ。

だから、今日は飲みたくなったのかもしれない。お酒を飲むと、少なくとも今の自分を支配する理性や固定概念はふっとぶから。旅をはじめて明日でちょうど2ヶ月。この2ヶ月で2年分くらいの経験をした。その経験を言葉にはまとめきれていないけれど、その経験は確実に私のなかに蓄積されていっている(はず)。

明日の夜には、キプロス島へ移動する。これまた複雑な国だ。島自体は四国の半分ほどの大きさにも関わらず、北はトルコ系、南はギリシャ系と分断し、イギリスやアメリカの「こうしなさい。ああしなさい」というおせっかいを受けてしまう国。

はぁ。。。こうして私のなぜなぜ??は続くのだろうか。あんまり疲れたら、子どもたちに頼ろう。お酒じゃなくて子どもたちに頼ろう。「別にいいじゃない」とシンプルに考えられる子どもたちのあり方にね。

 

(上の画像:イエスキリストが十字架にかけられた場所に建つ聖墳墓教会)

(上の画像:エルサレムの子どもたち)

いつだって、シンプルな答えをくれる11歳の娘

 

 

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